寝てるなあそべ

地方公立高校〜東大〜地方銀行 30歳 の自分が社会人8年間で気付いたことを書いていきます。

地方公立高校から東大に行った話⑥ 〜入学後〜

19歳で東大文三に入学した私は燃え尽きていました

 

勉強も

部活も

サークルも

 

何かに取組む

それ自体が無駄だと考えるようになっていました。

 

頑張っても結局何になるの?

 

そんな身も蓋もないことを考えるようになっていました。

(絶対にムダじゃないし、何もしないことのほうがムダだ!と今なら思う)

 

そう考えるに至ったきっかけは、明らかに浪人時代にあります。

合格したものの、合格点ギリギリ滑り込んだ格好

 

自分なりに最大限やっているつもりなのに、

A判定は最後まで取れず

 

周りはA判定や成績優秀者がたくさんいました

 

周りと自分を比べて、

 

おれってやってもダメなんだ〜

 

となっていました

 

 

そんな私が大学で一つだけ前向きに取り組んだのは

進学振分け(通称シンフリ)

 

東大では入学したときは

文学部も経済学部も文系も理系も

関係なし

みんな教養学部前期課程に入ります

 

学部が分かれるのは2年生の後期から

 

で、2年の夏に学部を決めるイベントが進振り

 

仕組みは単純で、

全員行きたい学部の希望を出す

 

希望者が学部の定員を上回った場合は、

成績が高い順に希望の学部に入れる

 

これを2回繰り返して必ずみんなどこかの学部に入る

 

基本的に希望は自由に出せる。

一部の理系学部(薬学部とか医学部とか)はその限りではない

(1,2年次に特定の科目を履修していることが条件)

 

私が希望したのは法学部

もとは文一に入りたかったわけだし

 

文一→法

と進むのは割と簡単。

クラスで最下位じゃなければだいたい行ける。

 

文二・文三→法

は少し大変。

少なくともクラスで上3割くらいには入ってる必要がある

 

そんなわけで法学部に入るために

大学の勉強を頑張ることにした

 

学期初めは自分が好成績を取れそうな履修科目を

友達数人と相談して決めて

 

定期試験は友人と受験勉強並みに勉強した

 

特に英語とか第二外国語とかの必修科目はみんな一緒の試験を受けるので

東大生同士で得点を競うことになります。

 

その甲斐あって2年生の夏までに

まぁまぁな成績を修めることができた

 

進振りは法学部を希望

無事に通りました

 

こうして中3で「ドラゴン桜」を見たときから志した

東大への夢は大学2年で果たされました

 

 

が、、、

 

勉強で結果を出そうと思った私は大学に入ってからも彼女を作りませんでした

彼女いたら結果出せないとマジで思っていたからね

あとフラれて傷つくのが怖かったんです

 

声をかけてくれる女の子やメールをくれる女の子もいたんだし、

みんないい子だったんだから

もう少し興味持っとけよ!!!!

彼女いたら法学部行けないなんて決まってないだろぉぉぉ!!

 

あのときの自分にマジで言いたい

 

やってみなきゃ分からないし、

仮に法学部行けなくても

そこで卑屈にならずに

別の道を探れるくらいの

心の余裕が欲しかった

 

まぁ東大入るために勉強に全振りしたせいで

そんな余裕も無くしてしまったのかね。。。