寝てるなあそべ

地方公立高校〜東大〜地方銀行 30歳 の自分が社会人8年間で気付いたことを書いていきます。

地方公立高校から東大に行った話④ 〜浪人時代 受験本番期〜

浪人時代も終わりにさしかかりました。

 

 

1.私大受験(2月)

慶応法学部のセンター利用に必要な90%を確保できなかったため

私大の個別試験を受験することにしました

(センター利用は日大と明治に出願し合格しました)

 

受験したのは

学習院・法

上智・経営

上智・法

早稲田・文化構想

慶応・文

慶応・経済

早稲田・政経

 

の7校

 

・本番をなるべく多く経験する

・試験日はある程度間隔を空ける

・偏差値も徐々に上がっていくように受験する

という観点から受験校をしぼりました。

 

結果は、早稲田・政経を除いて合格

 

センターでは思うような結果は出せませんでしたが、

センターレベルの英語や世界史を盤石に仕上げていたことが

大受験時に大いに役立ちました。

 

慶応には国語の試験はなく、代わりに小論文を書くのでそこだけは

過去問や参考書で丁寧に対策しました。

(センター直後の1周間はずっと小論文の参考書を読んでいました)

 

英語・世界史は過去問を解き

英語→出題形式を確認

世界史→よく出る年代を参考書に戻って確認

するといった対策で挑みました。

 

とにかく本番で最大限の集中力を発揮できるように

体調管理には特に気をつけました。

 

2.東大受験(2/25〜26)

そして二回目の東大受験の日がやってきました。

2/25の時点で既に早稲田・文化構想と慶応・文の合格が決まっていたため

ダメでも早慶には行ける、という多少の余裕がありました。

しかし、いざ自分の座席に着くと私大受験のとき以上の緊張感に襲われました

 

浪人当初は文一を目指していましたが文三を受験しました

 

理由は

「東大に入りたかったから」

 

文学部に進学するかは入ってから考えよう

くらいの気持ちでした

 

当日は体調は万全

頭もしっかり働いていました

 

ここまでの模試やセンター試験での結果などから

「おそらく自分は合格できない。」

「けれどこの1年の集大成としてできることを全て答案用紙に書き残そう」

「最後まであがこう」

という変に吹っ切れた状態で挑みました。

 

 

1日目…

国語・数学

できることは全て答案用紙に書きつけました

数学も比較的解きやすい問題が出たため1問完答できました

 

2日目…

社会(世界史・地理)・英語

世界史では1問1答形式で10問ほど出題されます。

基本的に完答するものですが、あろうことか本番で答えをど忘れしてしまいました

マキャヴェリの「君主論」と答える問題でした。最後まで「君主論」が思い出せず「権謀術数」と意味不明な答えを書きました…笑)

 

 

そして試験終了

 

「あ〜終わった。できることは全てやった。」

「でも自分がこの大学に入ることはないだろう。」

「ならせめてここにいる誰よりも長くこの大学の空気を味わっておこう」

 

とまたも意味不明なことを考えて、

試験が終わってみんなが帰宅する中、最後の1人になるまで席を立たずに

東大駒場キャンパスの教室の空気を味わっていました笑